2012年05月16日

どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか

2011年11月発売の新刊。みうらじゅんとリリー・フランキーが1年かけて収録した対談本。

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みうらじゅんとリリー・フランキーといえば週刊SPAの「グラビアン魂」が私のお気に入りでもあるので、このお二人の対談本であれば間違いないであろう、という事で即購入。

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様々な人生観を「人はいずれ死ぬ」という終着点から逆算しながら「生きる」という事を語りつくしている。


・・・とは言っても、この二人の対談は全く堅苦しいことは無く、むしろいい意味で”達観”した解答を導き出してくれているのである。

SPAの連載もそうなのだが、居酒屋で展開されるボーイズ・トークをそのまま収録しているような内容、つまりほとんどが飲み屋での与太話であり、このような話をしながらダラダラと酒を呑むという、まさに理想とする呑み方をこの2人は毎月行っているという。。なんとも羨ましい限りである。

しかし、これも2人の造詣の深さがあるからこそ成せる業であり、ただただ下世話な話を繰り広げているわけでもなく、ふとした会話の中にある意味”達観”した人生観が顔を覗かせるところが何とも魅力的であり、我々の目指すところは、10年経ってもこの感じで飲み屋で呑み続けることではないであろうか?

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(「みうら&リリーのうすくてゴメン 相談に答えてない番組」という番組がテレ東の深夜で放送されてた。この番組の雰囲気はこの本に掲載されている人生相談とほぼ同じ)

知識の量が話を面白くするのは間違いなく、バカ同士の与太話ではこうはならないのである。

とりあえず10年後の歳になってもこのような飲み方をしている方々がいるというのは、「この歳でこんな感じでもOKなんだ!」という都合の良い解釈もでき、心強い限りである。。(ホントはOKじゃないかもしれないけど・・)


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2012年05月11日

ドラッグストア・カウボーイ

1989年公開のアメリカ映画。監督は「グッド・ウィル・ハンティング」、「ジェリー」等を監督したガス・ヴァン・サント、出演はマット・ディロン、ケリー・リンチ、ヘザー・グラハム。

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(最初のシーンでもありラストシーンでもあるこの場面・・・)

舞台は1970年代のオレゴン州・ポートランド。ドラッグ・ストアにある薬物を店員の目を欺いて華麗に盗み取る4人組の話である。ちなみに、アメリカで70年代というとヒッピー・ムーブメント全盛の時代で、ドラッグが全米に蔓延し社会問題化した時代でもある。

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(ドラッグの浮遊感を映像化)

リーダー格のボブ(マット・ディロン)は仲間と順調にドラッグを盗んではそれを使用したり売りさばいたりして、何とか順調に過ごしてきたのだが、そこにナディーン(ヘザー・グラハム)が加わってからどうも様子が変わってくる。

ナディーンはまだ分別のつかない10代で若いので、ボブは盗んだドラッグを彼女に与えなかった。

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(割と原始的な方法でドラッグを盗む。日常的にこの種のドラッグが薬局においてあること自体がコワイ)

それが面白くないナディーンは、ボブが頑なに守ってきたジンクス(ベットの上に帽子を置かない)を、「そんなジンクス何でもない!」と言わんばかりにベットの上に帽子を放り投げる。しかしその後、病院に盗みに入るのだがボブが脱出に失敗。這う這うの体で何とか自宅に戻ってくる。

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(この頃のヘザー・グラハムは可愛さ全盛期)

ジンクスを破ったことを仲間のリックに知らされ、激怒したボブはナディーンの部屋へ。しかしそこにはオーバードーズで死んでいるナディーンが横たわっていた。。。

これを機にボブは真面目に働くことを決意し薬物更生施設に入居するが、恋人でありパートナーであったダイアン(ケリー・リンチ)は、そんなボブの元を去ってドラッグと共に生きる道を選ぶ。。

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(この小僧に最後は全部持っていかれる)

結局その後、かつて小僧扱いしていた輩にパートナーを取られ、ドラッグがらみで襲われて瀕死の状態に・・・


ジャンキーがテーマの映画の割には、ぐちゃぐちゃな禁断症状の描写も無く、あっさりスタイリッシュに溺れていく感じが、当時のドラッグカルチャーを表しているようでもある。

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(本物のジャンキー、ウイリアム・バロウズも特別出演している)

「青春の1ページ」的な内容でもあり、メッセージ性が強いというストーリーでもないので、出演俳優の颯爽とした立ち居振る舞いをボーっと眺めてたら終わってた・・・・という感じの作品でした。


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2012年05月06日

博士の異常な愛情

1964年公開の映画、監督はスタンリー・キューブリック。

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(冒頭のシーン。グラフィック・デザイナーのPablo Ferroによる手書きのクレジット。この空中給油のシーンも何か暗示的?)

主演のピーター・セラーズは、ドイツからの亡命者のストレンジラヴ博士、異常妄想により核攻撃命令を下して基地に籠城するリッパー将軍を説得する英国空軍のマンドレイク大佐、米国大統領のマーキン・マフリーの3役をこなしている。

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(ストレンジラヴ博士。この人だけ突出した不気味さを醸し出している)

ちなみにこの映画の正式なタイトルは、

「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか(Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb)」

という長いタイトルである。

冷戦下の米ソ関係が核をまぐっていかに均衡が保たれていたか良くわかる。この作品は、「赤い警告」という至って真面目な本を原作としているらしいのだが、スタンリー・キューブリックは見事にブラックユーモアの塊に昇華した。

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(マーキン・マフリー米国大統領を演じるピーター・セラーズ:右。暴走した攻撃作戦の詳細を知らせようとソ連書記長にホットラインを繋ぐが、生憎相手は泥酔中ww)

この映画をみていると、いかに当時の米ソ関係が危ういものであったかが想像できる。この最前線にいて、緊張状態に耐えきれず誇大妄想による核攻撃命令を下したジャック・リッパー将軍の気持ちもわからないでもない。

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(共産主義の謀略について滔々と語るリッパー将軍:右。左はピーター・セラーズ演じるマンドレイク大佐)

また、米国・英国・ソ連・ドイツという主要国の当時の特徴が、登場人物を通じて面白おかしく描写されており、結局自分の事しか考えていない上層部のアイロニックな描写もなかなかバカバカしくて良い。。

核武装が肥大化していく米ソ関係の先行き不透明感が誇大妄想を生み、更に互いの抑止力として拡大していく当時だからこそ生まれた傑作ではないか。

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(任務遂行の為に水爆にまたがったまま墜落していくコング大佐)

結局、「こんなモノ(状態)は水爆で吹き飛ばしてしまえ!」というメッセージがラストの水爆映像の繰り返しにあらわされているようにも思えた。

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posted by askcww at 14:55| Comment(0) | 映画の巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする